セミリタイア日記

仕事、子育て、ミニマリズムなどなど。

西和彦さんの反省記

西和彦さんを知っている人はどのくらいいるでしょうか?

僕のような40歳のパソコンオタクでさえ、「アスキーを追い出された変わったおっさん」くらいのイメージしかありません。

仕事中にAmazonを眺めていたら西和彦さんの『反省記』という本が出ていて、気になってKindle版を購入。

読み始めたら面白くて一気に読み終えてしまいました(仕事は・・・?)。

西和彦さんは東大受験に失敗し、早稲田の理工学部に進学します。 そこでマイコン雑誌『I/O』を立ち上げますが仲間割れして独立し、アスキーを創業し『月刊ASCII』を発行。 たまたま若き日のビル・ゲイツマイコン向けのBASICを作ったという情報を得てコンタクトを取り、 マイクロソフト版BASICの日本販売代理店になります。

一時期はマイクロソフトの売上の4割を西和彦さん率いるアスキーマイクロソフトが稼ぎだし、その間も日本の電機メーカーと 組んで多くのマイコンを作ります。

時代はマイコンからパソコンへ。

マイクロソフトMS-DOSというOSをIBMと互換機に提供することで飛躍的な成長期に入ります。

西和彦さんもビル・ゲイツもまだアップルがGUI(現在のようにマウスで画面のアイコンをクリックして作業する形式)のOSを出す前から、 その必要性に気づきますが、まだハード側の性能が追いつきません。

そこで西和彦さんはパソコンの性能を上げ、価格を下げるために半導体の開発が必要だと訴えますが、ソフトウェアにこだわるビル・ゲイツは却下 (事実上の協業関係にあったインテルの競合になりたくないという考えもあるようですが)。

ビル・ゲイツと仲たがいしてマイクロソフトの提携を解消した直後、マイクロソフトは株式を店頭公開し、世界最大の企業へと成長します。

もしその時、ビル・ゲイツと折り合って協業を続けていたら、西和彦さんも億万長者の仲間入りができたでしょう。 大金持ちになり損ねた後悔とビル・ゲイツと喧嘩した悔しさで西和彦さんはアスキーを成長させようと決意し、半導体事業にも巨額の投資をします (しかも信頼していた自分の右腕が代わりにビル・ゲイツと組んで大金持ちになってしまったという)。

史上最年少でアスキーを上場させますが、無茶苦茶な投資と経営実態が明るみになり、アスキーは倒産寸前になります。

銀行からも見放され、人材派遣会社に泣きつき資金をえますが、結局、西和彦さんはアスキーを追い出されてしまいます。

その後は教育分野に力を注がれているそうです。

僕は中学の頃にアスキーが発行している『EYE・COM』というパソコン情報誌を読んでいたので、西和彦という名前は知っていましたが、 いったい何をした人なのかはいまいちわかっていませんでした。

本書を読む限り、振る舞いによっては孫正義さんのような大起業家になれたのかもしれません。

その孫正義をして「西和彦さんの活躍で日本のコンピュータ業界は発展した。西さんがいなければ1年は遅れていただろう」

と言わしめ、

西和彦さんも「えー!? たった1年!?」

と憤っていました(笑

たしかにマイコン黎明期に日本の電機メーカーをとりまとめ、マイクロソフトなどの海外企業との橋渡しをした西和彦さんの 功績は大きかったと思います。

残念なのは資金難の影響で西和彦さん率いるアスキーが95年以降のインターネットの普及に全く関与できなかったこと。 歯がゆい思いだったのではないでしょうか。

また資金提供で泣きついた先が人材派遣会社というのも筋が悪いように思えます。 というのも、日本のIT化が諸外国と比べて大いに遅れているのは、IT業界そのものの産業構造に原因があります。 日本のIT産業の阻害要因である人材派遣会社に頼らざるをえなかったことも、皮肉としか言えません。

しかし僕より年代が上の世代では「西和彦の天才性に時代が追いつけなった」と褒める人が多いのも事実。

古き良きマイコン時代を疑似体験できますし、その時代を生きた人間の紆余曲折が赤裸々に描かれている本書はおすすめです。

僕が中学で最初に触れたパソコンはこんなのです。
僕が中学で最初に触れたパソコンはこんなのです。