ミニマリストの遥かなる旅路

仕事、子育て、ミニマリズムなどなど。

ある夜、マクドナルドで抱いた忘れられない恐怖心

最近、電車の中ではスマホKindleか新聞を呼んでいるので、ネットニュースをほとんど触れません。
しかし天気を調べたい時にYahooなどを開くと、いやでも差別的なニュースに目がいきます。

ひきこもり、貧困、上級国民、非正規、ブラック企業などなど、記事の主張はなんにせよ、その対象を
一般的な人たち(中流層)と区別しているのは明らかです。

思い出すのはまだ20代で社会に出たての2000年代中頃、リーマンショック前で日本は大変な好景気でした。
20代半ばにも関わらず、皆、新車を買ったり、都心の家賃の高いマンションに住んだり、
崩壊直前のバブルを謳歌していました。

友人と買ったばかりの車で深夜のドライブをしているとき、目の前にマクドナルドがありました。
休憩しようとコーヒーを頼み、二回に上がると、異様な光景を目の当たりにしました。

そこにはテーブルにつっぷしている、不潔な格好の人々が大量にいたのです。

僕「なんだ、これは・・・?」
友人「マック難民というやつだね。彼らは日雇い派遣の仕事をしていて、毎朝、携帯に連絡が来るんだ」
僕「ニュースで漫画喫茶を住処にしているという話は聞いたけど」
友人「漫画喫茶だとお金がかかるけど、ここなら100円のコーヒーで一晩越せるんだ」

僕「僕たちと変わらない若者だっているじゃないか、こんなに好景気なのになんで・・・」
友人「それが格差社会というやつさ」

当時、『下流社会』という本がブームになっていました。
派遣村などが現れるのもこの頃です。

僕たちの隣の席の30代くらいの青年がブツブツと独り言を言っていました。
手を洗う水道で、平然と髪を洗っている若者もいます。
ランチ時は家族連れや学生、ビジネスパーソンで賑わっているはずの場所が、
そこにあるのは凄惨な光景でした。
とても仕事や車の話で盛り上がれる気分ではありません。

僕「出た方がよさそうだ」
友人「ああ、ここは彼らの場所だ」

首都高を走る車内で、僕はただ、恐怖感を覚えました。
将来に何の希望を見出せず、次の派遣先を知らせるメールを100円のコーヒーと共にただ虚ろな目で
待っている彼らは、僕自身だったかもしれないのです。

もし高校3年の時に勉強せず、大学に行っていなかったら。
仕事が辛い時に辞めてしまっていたら。

幸い、周りに一緒に勉強する友人がいましたし、僕の仕事を評価してくれるメンターにも恵まれました。
苦しい時を乗り越えられたのは、僕の能力でも努力でもなく、ただの運だったのではないかと思います。

ある夜、マクドナルドで抱いた忘れられない恐怖心
今のマックは難民はいないのだろうか。

僕はマクドナルドで一夜を過ごす人々を馬鹿にできませんが、同様に、彼らがなぜ、あのような境遇に
身を落としたのか、その後どうなったのか知りたくもありませんし、同情もしません。
中には彼らに助けの手を差し伸べたり、社会を変えようとする人もいるかもしれませんが、
僕はどちらにも興味がありません。

その光景を思い出すとただただ嫌悪感を抱きますが、その根底にあるのは恐怖心です。

今、僕は仕事やプライベートに恵まれ、落ち着いた環境にいます。
夜、お酒を飲んで気分が良くなると日課の勉強をせずにそのまま寝てしまいたくなったり、
翌朝、ランニングが億劫だなと感じる時が多々あります。
仕事や日常の家事、育児、どんな場面でも、「面倒だな」、「もっとラクしたいな」と
思うことがあります。

その度に心に過るのは、あの日のマクドナルドの景色です。
なんでもない平凡な日常は、運と小さな努力の積み重ねに支えられているのです。