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星の鼓動は愛

平凡サラリーマンが副業にコミットしてイケてるオッサンになるためのブログ

人生の主人公は自分だということ

幼稚園の卒園式があったのだが、ミッション系の幼稚園だったので子供たちを「光の子」として
賛美歌を歌っていた。
園長先生が「あなたたちがイエス様のことを忘れても、イエス様はあなたたちのことを忘れません」
とおっしゃっていたのが印象的だった。
僕はクリスチャンではないので「光の子」の詳細がよくわからないが、キリストと共に歩む人
くらいの意味だろうか。

だが僕はなんとなく、ドラゴンクエスト5を思い出していた。
ドラクエの歴代の主人公は生まれながらに勇者であり、伝説の武器防具を装備でき、勇者のみ使える
究極の呪文を習得できる。だが、ドラクエ5の主人公は伝説の剣を使うことができなかった。
ドラクエ5をプレイした当時、僕は衝撃だった。僕は勇者ではなかったのか・・・

そして主人公に双子の子供が生まれる。
なんと伝説の剣を扱えるのはその子供だった。勇者は自分の子供だったのである。

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このあたりは久美沙織著の『小説ドラゴンクエスト5-天空の花嫁』で主人公の葛藤が描かれている。
(僕はいのまたむつみ先生の美しいイラストが好きだったのだが、変わってしまった・・・)

親になった僕には原作者の堀井雄二氏の気持ちがなんとなくわかる。
なるほど、子供が生まれた瞬間に、世界は子供を中心に回ってしまうのだ。
生活の全ては子供が優先だ。そして自分の成長よりも子供の成長が楽しみになる。
おそらく僕たちの子供は僕たちよりも、より多くの知見を得てその人生はより広いものに
なるかもしれない。日々可能性に満ち溢れる子供たちと接していると、いつしか自分が
彼ら彼女らを支えるためだけの存在と考えてしまう。

しかしそれは、間違った思考だ。
子供の人生は子供のものであり、同様に、僕の人生は僕のものだ。
僕には僕の役目や目的があり、それは子供とは違うものだ。

親になった瞬間に様々な責任や義務が生じるが、それでも子供は人生のパートナーではない。
子供は独立した個であり、僕自身も独立した個なのだ。
子供の卒園式をきっかけに、いろいろ考えさせられた。